日本ウエルネス学会第9回大会(2012.9.22-23 名桜大学)で発表する研究発表の抄録原稿です。
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ウエルネスと社会的公正を考える〜「公害地域の今を伝えるスタディツアー」を手がかりとして
西村仁志(広島修道大学人間環境学部)
キーワード:社会的公正、公害、健康被害、スタディツアー
昨年3月11日に発生した東日本大震災、とりわけ原発災害を契機として「ウエルネスと社会的公正」について考えることとなった。昨年の第8回大会発表ではこうした「いのちの危機」にたいし、「ウエルネス」はいったいどのような意味をもつのか、またいったい何ができるのかということについて考えるとともに、①Dunnが提唱した「ウエルネス概念」を拡張し、社会正義や政治的自由、そして分配の衡平といった必要性からの「社会的公正」という観点を加味し、解釈する必要性があること。②社会的公正について論じる「公共の哲学」からの「ウエルネス研究」への接近が求められること。③社会的行動に結びつける必要性。について指摘した。
「公害地域の今を伝えるスタディツアー」は、大阪・西淀川の公害裁判和解を契機に設立された民間公益法人「公害地域再生センター(通称:あおぞら財団)」が主催者となり、2009年から2011年にかけての3回実施され、地域社会の再生はどこまで進んでいるのか、残された課題は何か、現地で学ぶ取り組みであった。2009年には三井金属神岡鉱山からのカドミウムが神通川流域の水と土壌を汚染し「イタイイタイ病」が発生した富山へ、2010年には昭和電工がメチル水銀を阿賀野川流域に流出させた「水俣病」の地である新潟へ、2011年は阪神工業地帯の発電所および製鉄所などの工場群による排煙と、自動車排気ガスによる複合大気汚染によってぜん息などの呼吸器疾患が引き起こされた大阪・西淀川へのスタディツアーを開催した。毎回、大学生および社会人約50名が集まり、3泊4日の間、被害者だけではなく行政、医師、弁護士、ジャーナリスト、支援者、教員など、公害解決のために尽力した様々な立場の方々からヒアリングを行い、現地への提案を試みるというプログラムを実施した。
このツアー開催を通じて、参加者にとっては、テレビの向こう側あるいは教科書のなかのものでしかなかった社会問題が、今日の社会に、そして自分たち自身につながっていることが実感として捉えられ、自らが行動する存在に変わったという変化が起きた。またツアー参加者に変化が生じただけでなく、このツアー受け入れを通じて、公害地域の人々やその関係性にも変化が生じているのである。冒頭に述べた「③社会的行動に結びつける必要性」につなげることができたといえるだろう。
公害地域をめぐる3年間のスタディツアーを終え、そしてまた昨年新たな「公害」として発生した原発災害を経験するなかで、我々が目指すべき「ウエルネスな社会」と、40年以上を経ていまだ健康被害や社会的不公正に苦しむ方々も多数おられる現実の社会との間には大きな隔たりを感じざるを得ない。「ウエルネス」を個人の健康への関心にとどめず、「ウエルネスな社会」への道を着実に歩む社会的な行動が求められる。
(「スタディツアー」WEBサイト:http://www.studytour.jpn.org/)