12.過去の政治、現在の政治―新国家理解における人類学の活用に関する一考察
本章では、クリフォード・ギアツが新興国家(特に植民地から独立した国々)の政治を理解するために、人類学的アプローチがいかに有効であるかを論じています。ギアツは、新国家の政治は単なる制度の移植ではなく、その社会の文化的・歴史的背景の上に構築されることを強調し、過去の政治的伝統と現在の政治とのつながりを分析する重要性を説いています。
1. 新国家の政治と人類学の視点
• 新興国家の政治を理解する際には、西洋の政治理論だけでは不十分であり、その国独自の文化的・歴史的背景を考慮する必要がある。
• 伝統的な政治構造、象徴体系、社会組織などが、独立後の国家形成に大きな影響を与えている。
• 政治制度は単なる移植ではなく、それぞれの社会の歴史的文脈の中で再構築される。
2. 伝統的な政治形態の影響
• 新興国家の政治は、しばしば植民地以前の伝統的な政治形態と強い連続性を持つ。
• 事例:
• インドネシアのスルタン制:植民地時代の影響を受けつつも、スルタン(伝統的支配者)の権威が独立後も象徴的な役割を果たす。
• アフリカ諸国:植民地時代の行政機構が継承される一方で、部族社会の伝統的権威も政治に影響を与える。
• 中東の王制国家:近代国家制度を採用しながらも、部族的忠誠や宗教的権威が政治の正統性を支えている。
3. 新国家における「文化的統合」と「政治的統合」の相克
• 文化的統合(Cultural Integration):民族、言語、宗教などの多様な要素を統合し、国民意識を形成するプロセス。
• 政治的統合(Political Integration):法制度、政府機関、選挙などの政治制度を確立し、国家としての機能を維持するプロセス。
• 問題点:
• 多民族国家では、文化的統合が困難であり、政治的統合にも影響を及ぼす。
• 例えば、ナイジェリアやインドネシアでは、民族間対立が政治的不安定の要因となっている。
4. シンボリズムと国家の正統性
• 国家の正統性は、法律や憲法だけでなく、象徴や儀礼によって支えられる。
• 政治的儀礼、国家的祝祭、歴史的英雄の顕彰 などが、新国家のアイデンティティ形成に重要な役割を果たす。
• 事例:
• ガーナのクワメ・ンクルマ:独立運動の指導者として象徴化され、国家統合のシンボルとなる。
• インドのガンディー:非暴力の理念が国家の精神的支柱として機能。
• 中国の毛沢東:革命の英雄としてのカリスマが、共産党政権の正統性を支える。
5. 新国家の課題と未来
• 新国家は、伝統的要素と近代的要素の折衷の中で発展していく。
• しかし、歴史的・文化的背景を無視した制度の急激な導入は、しばしば混乱や政治的不安定をもたらす。
• 今後の課題:
• 国家の一体性の確立(民族・宗教の対立をどう解決するか)。
• 民主主義と伝統的権威の関係の調整(伝統的リーダーと選挙制度の共存)。
• 経済発展と政治の安定の両立(開発独裁の是非など)。
6. 結論
• 新国家の政治を理解するためには、単なる制度分析ではなく、文化的・歴史的視点が不可欠である。
• 伝統的な政治形態と近代国家の制度がどのように交錯し、新たな国家アイデンティティを形成していくのかを分析することが重要。
• 人類学的アプローチは、新興国家の政治的課題を理解し、適切な発展の方向性を見出すための有力な手段である。
本章では、政治を文化的・象徴的な観点から捉え、新国家の形成過程をより深く理解するための枠組みを提示しています。