アラン・チャドウィック講話『The Grand Herbaceous Perennial Border(壮大な多年草花壇)』

アラン・チャドウィックの講話『The Grand Herbaceous Perennial Border(壮大な多年草花壇)』(1979年9月17日、バージニア州カーメル・イン・ザ・バレー、Stephen Crimi編『Performance in the Garden』に所収)の、まとめです。
チャドウィックが語る『The Grand Herbaceous Perennial Border(壮大な多年草花壇)』は、単なる園芸技法を超えた、自然と精神性の融合を体現する空間です。彼は花壇の構成を通して、色彩・形態・香りの調和を追求し、人間が自然と共に生きる感性を呼び覚まそうとしました。この庭は、視覚的美しさだけでなく、生命の営みや時間の流れまでも取り込んだ「生きた芸術作品」といえます。チャドウィックの思想は、現代においても自然との関係を見つめ直す貴重な示唆を与えてくれます。


1. 歴史的・思想的背景

アラン・チャドウィックが提示する多年草花壇の思想的枠組みは、近代ヨーロッパの庭園文化に対する批判的再構築として理解される。特に彼は、ヴェルサイユ宮殿に象徴されるフランス式庭園を「所有と誇示の論理」に基づく景観設計と位置づけ、それを産業化・商業化・中央集権化の精神的延長線上にあるとする。ヴェルサイユにおいて植物は建築的景観を引き立てる装飾物に過ぎず、自然本来の生命性は抑圧されていた。これに対し、グランド・ハーバシュアス・ペレニアル・ボーダーは、植物を中心に据えた造園構想であり、近代の物質主義的価値観からの精神的離脱を志向するものである。

興味深いのは、この思想が19世紀のイギリスという産業革命の只中で成立した点である。チャドウィックは、それを「大聖堂建設期に匹敵する霊的ビジョンの復活」と捉え、合理主義の時代において自然への信仰的まなざしを回復しようとする試みと位置づける。彼にとって多年草花壇は単なる園芸様式ではなく、「自然と人間精神の再統合を図る空間的実践」であり、自然界の秩序に対する畏敬と従順の感性を呼び覚ます装置である。そのためこの庭は、視覚的・空間的な構成に加えて、倫理的・哲学的意味合いをも備えており、まさに精神史的転換の表象として読むことができる。


2. 精神的構造としての庭

チャドウィックが「グランド・ハーバシュアス・ペレニアル・ボーダー」に託した最大の意義は、それが単なる視覚的装飾や園芸技術の粋を超えた、深い精神性を湛えた空間構造であるという点にある。彼は、住居の窓やテラスから延びるこの花壇を「クレールヴォワイエ(clairvoyer)」、すなわち“霊的視界”として捉え、人が「自然に対する恐れ」から家に身を潜めながらも、そこから一歩踏み出すことで、再び自然の歓びと神秘に触れる通路であると述べる。この回廊的花壇は、自然を観想する「精神の道」として構想されており、その延長線上には「パルダイス(pardes)=楽園」への再接続という宗教的イメージが顕在化する。

この空間構造は、ゴシック大聖堂の身廊(nave)を思わせる形式であり、両側に配置された木立と灌木、そして多層的に植栽された多年草群によって視線は自然と中心軸に集束し、無限遠への視覚的・精神的トンネルが形成される。ここでチャドウィックが語るのは、園芸を通じた「神聖な秩序への参入」であり、植物の育成や配置の一つひとつが、人間の内面的成長や霊的回復と響き合うように設計されている。このように、彼の花壇設計は空間構成と宗教的象徴性を結びつけるものであり、視覚的歓びを超えて「魂の覚醒」へと至るプロセスを内包している。チャドウィックにとって庭とは、まさに「見られる自然」ではなく、「見抜かれる自己」に出会う場なのである。


3. 構成と視覚の調和

チャドウィックによるグランド・ハーバシュアス・ペレニアル・ボーダーの構成には、視覚的秩序と動的調和の双方が精緻に織り込まれている。その中心にあるのが「クレールヴォワイエ(clairvoyer)」と呼ばれる中央の小道であり、これは単なる動線ではなく、視線と意識を導くための軸線として設計される。花壇はこの軸の両側に展開し、植物は高さによって三層(低・中・高)に分類され、奥行きと立体感をもって配置される。ここでは、視線が自然と中心に引き込まれるように構造が制御され、まるで大聖堂の身廊を進むような感覚を創出する。

視覚的調和の要点は、「自然のように見える人工性(au nature)」にある。チャドウィックは、全体があたかも偶然に成り立っているかのような印象を与えつつ、実際には厳密な数学的構成と光学的錯覚の手法を駆使して設計されるべきだと説く。小道の幅や花壇の奥行きは場所に応じて巧みに変化させられ、遠近感や奥行きの錯覚によって空間の広がりが強調される。また、視覚の流れを妨げる彫像や装飾物は排除され、すべての要素は「見え方」そのものに奉仕する形で統制される。

さらに重要なのは、背景を成す樹木や灌木もまた、高さや色彩、開花時期を考慮して配され、花壇全体の色彩と形態の調和を支える構造要素として機能することである。これらの要素は、視覚芸術における「額縁」や「遠景」のような役割を担い、花々の色彩や形状を一層際立たせる。チャドウィックの花壇は、こうした複数の視覚的・空間的レイヤーを重ねることで、動的かつ有機的な調和の場を実現しているのである。


4. 色彩・形態・香りの交響曲

チャドウィックは、グランド・ハーバシュアス・ペレニアル・ボーダーにおける植栽構成を「色彩・形態・香りの交響曲」として捉え、その複雑で精妙なバランスに芸術的な感性と科学的洞察を融合させた。彼にとって花壇とは、単なる視覚的装飾ではなく、植物が織りなす色と形、香りと時間が重奏する「感覚の劇場」である。色彩の扱いにおいては、冷色と暖色、明度と彩度、昼夜による発色の変化など、繊細な配慮がなされる。例えば、ポピーの赤(Papaver orientale)は日中に輝きを増し、夕方には沈むが、コレオプシス(Coreopsis)の黄色は朝から夕方にかけて輝度を保つ。こうした光と色の相互作用が、時間の流れとともに変化する動的な風景を生み出す。

また、花の形態も視覚体験に深く影響する。円形で平面的な花は色を強く印象づけ、細長く尖った花は繊細さや陰影を強調する。チャドウィックはこれらの形態的特性を「音楽的調和」に喩え、異なる花形を配置することでメロディーとハーモニーのようなリズムを生み出すと説いた。さらに、香りの時間的変化にも注目し、朝・昼・夜それぞれに異なる芳香を放つ植物を意図的に配置することで、嗅覚による時空間の感覚も設計に取り込まれる。

このように、チャドウィックの多年草花壇は、色・形・香りという三つの感覚要素が、季節や日照、風の流れといった自然のリズムと共鳴しながら、来訪者の感性に訴えかける全体的な芸術空間である。彼の言う「ハーモニー」とは、単なる調和ではなく、自然と人間の感覚、時間と空間、内面と外界が交差する場の生成そのものである。


5. 技術的要素とメンテナンス

チャドウィックによるグランド・ハーバシュアス・ペレニアル・ボーダーの設計思想は、その詩的・精神的構造にとどまらず、極めて高次の園芸技術と精緻なメンテナンス体系によって支えられている。チャドウィックは、年間を通して花壇が常に「満開の印象」を与えるために、植物の「高さ」「色彩」「開花時期」を三重構造で設計し、それぞれの植物群が時期ごとに交替しながら視覚的な連続性を創出する仕組みを導入した。この構造は、いわば花壇全体を「季節のオーケストラ」として作曲・演奏する作業であり、個々の植物の特性や環境条件に対する高度な理解と計画性を要求する。

特筆すべきは、ステーキング(支柱設置)の否定である。チャドウィックは、支柱によって人工性が露出することを避け、植物群が互いに支え合うように自然に配置されるべきだと主張する。代わりに、初春には粗い枝や自然素材による「インヴィジブル・ヘッジ(見えない生垣)」を用い、デリケートな植物をさりげなく支える技法を用いる。このような手法により、花壇全体は「何事もなく自然に育っているように見える」外観を保ちつつ、内部には精密な構造が潜んでいる。

また、土壌や日照条件に応じた「ベッドごとの土壌構成」が徹底され、計画段階ではスタジオで各プール(小区画)ごとに植物と土壌の組み合わせが設計される。維持管理も年間1回の大規模整備(晩秋〜初冬)を基本とし、植物の地上部が枯れ落ちるまで放置することで、地下部に栄養が還元される自然な再生サイクルを尊重する。こうした実践には、「園芸」を超えて、自然と共に生きる技芸=アグリカルチャル・アートとしての深い意味が込められている。


6. 精神性と自然との再結合

チャドウィックが構想するグランド・ハーバシュアス・ペレニアル・ボーダーは、単なる園芸的美の追求にとどまらず、人間の精神と自然との根源的な再結合を目指す営為として捉えられる。彼はこの花壇を、宇宙的秩序や霊的エネルギーと共鳴する「生ける回廊(Clairvoyer)」として構想し、そこを歩む者が風景の奥に「見えないもの(the invisible)」を感じ取るように設計する。その空間は、視覚的な美しさのみならず、香り、音、気配、そして時間と季節の流れといった多層的な感覚によって構成される「霊的場(spiritual field)」であり、訪れる者に詩的・内省的な経験をもたらす。

チャドウィックは、人間が自然を「所有」や「操作」の対象としてではなく、「応答」や「共鳴」の対象として再認識する必要性を説く。彼にとって、植物はただの素材ではなく、それぞれが固有のリズムと気質を持った存在であり、それらと共に構成される花壇全体が「魂の呼吸」として機能する。花々の色や香りの変化に伴い、庭は一日ごと、季節ごとに異なる表情を見せ、そのたびに訪問者は自己の感覚と向き合い、内なる静けさや驚き、歓喜に導かれていく。

さらに、こうした花壇には小鳥や蝶、昆虫などの生態系が自然に形成される。人間と植物のみならず、生きとし生けるもの全体が共存する「生態的な共鳴圏」として、花壇は無数の生命との出会いの場となる。そして、その空間を何年にもわたって手入れする庭師たちの意志や想いも、空気や風景に染み込み、「庭そのものが生きた精神的遺産」として継承される。チャドウィックの語る花壇は、まさに「魂の儀式空間」として、自然と人間のあいだに新たな倫理と美の回路を開く装置なのである。