西村仁志
1.はじめに
「サム・ハムの4原則」と呼ばれる、インタープリテーションの重要要素「TORE」(Thematic, Organized, Relevant, Enjoyable)があります。TOREは1992年にインタープリテーションの研究者サム・ハム氏が提唱したモデルで、当初はEROTと呼ばれていましたが、2000年代初頭に改良されました。原著の“Interpretation: Making a Difference on Purpose” (2013)は『インタープリテーション―意図的に「違い」を生み出すガイドのためのコミュニケーション術―』サム H.ハム著 / 山田菜緒子訳(山口書店)で紹介され、日本でも近年のインタープリテーションの実務や研修で用いられるフレームワークになっています。
一方「TGO」(Theme, Goal, Objectives)は、インタープリテーションの計画段階での方向性や具体的な成果を示すフレームワークとして広く活用されてきました。インタープリテーションの計画やデザインにおいて、具体的な方向性や成果を明確にするための枠組みです。この考え方は特定の著者や単一の文献から発展したものではなく、アメリカを中心としたインタープリテーション研究や実践における理論的な発展から来ています。特に、国立公園、文化遺産サイト、博物館など、様々な場面でのインタープリテーション計画に適用され、教育的プログラムの設計で用いられてきました。また、TGOは学習目標を達成するための計画と評価に関する体系的な考え方を提供しており、教育理論や目標設定のモデルとも関連しています。(例えば、大学のシラバス:科目概要の記述はこの考え方に基づいています)
これら両者は、ともにテーマ(Theme)を基盤とし、明確で一貫したメッセージの重要性を強調するものですが、本稿ではこの2つのフレームワークについて、それぞれの特徴と補完的な関係性を整理し、実践への応用可能性を検討します。
2.サム・ハムの4原則「TORE」とは
「TORE」とは、以下の4つの要素から構成されます。
T – Thematic (テーマがある)
インタープリテーションには明確なテーマがあることが大切です。この「テーマ」とは、伝えたい主要なメッセージや概念、来訪者に持ち帰ってほしい意味や価値を指します。「砂漠の生き物たち」といった単なる話題(トピック)ではなく、一つの完全な考えを示すもので、例えば「砂漠は過酷だが生命に満ちた生態系である」といったという中心的メッセージです。こうしたテーマを設定することで、インタープリテーションの全体的な方向性が決まり、内容の一貫性が保たれます。
O – Organized (構成されている)
インタープリテーションは、わかりやすく構成・整理されている必要があります。情報が論理的に配置され、聞き手が簡単に理解できるように組み立てられていることが重要です。これにより、聞き手は内容を追いやすくなります。
R – Relevant (関連性がある)
インタープリテーションは、聞き手にとって関連性があり、重要であると感じられるものでなければなりません。聞き手の興味や経験と結びつけることで、より深い理解と共感を得ることができます。
E – Enjoyable (楽しい)
インタープリテーションは楽しく、聞き手を引き込むものでなければなりません。単に情報を伝えるだけでなく、聞き手が楽しみながら学べるような工夫が必要です。これにより、聞き手の注意を引き付け、記憶に残りやすくなります。この枠組みを使用することで、インタープリターは効果的なコミュニケーションを設計し、聞き手により深い理解と意味のある体験を提供することができます。TOREの各要素を意識してインタープリテーションを構成することで、単なる情報提供を超えた、印象的で記憶に残る体験を創出することが可能になります。
次にTGOについて見ていきます。
3.TGOとは
「TGO」とは、以下の3つの要素から構成されます。
T – Themes (テーマ)
これはTOREのT – Themes (テーマ)と共通です。インタープリテーションの方向性を示す核となるメッセージを指します。
G – Goals (目的)
目的は、インタープリテーションが最終的にめざすところ、受け手に知識や意識の変化を促す長期的な成果を示します。
例:「砂漠がただの「不毛の地」ではなく、多様で独特な生命の営みが存在する豊かな生態系であることを理解してもらい、その保全の重要性について関心を持ってもらう。」
O – Objectives (目標)
目標は、プログラム終了後、来訪者は何を学んでいるかの具体的な成果を示します。
例:「砂漠に生息する代表的な生物種(例: サボテン、トカゲ、砂漠キツネ)を挙げ、それぞれの適応戦略を説明できるようになっている。」
インタープリテーションの計画にTGOフレームワークを活用することで、より効果的で意味のあるインタープリテーションを実現することができます。これは、国立公園や文化遺産サイト、博物館など、様々な場面で適用可能な有用なツールとなります。次にTOREとの関係と相違について具体的に見ていきます。
4.TOREとTGOの関係と相違
TOREとTGOは、いずれもインタープリテーションの計画やデザインにおいて重要な枠組みですが、それぞれ異なる側面に焦点を当てています。以下に、両者の関連性と相違点をまとめます。
共通点
- 両者ともテーマ(Theme)を基盤とし、明確で一貫したメッセージの重要性を強調する。
- 来訪者体験を中心に据え、インタープリテーションの目的達成を目指します。
- 両フレームワークとも、効果的なインタープリテーションを実現することを目的としています。
- TOREとTGOは、互いに補完し合う関係にあります。TGOで設定された目標や目的は、TOREの各要素を通じて実現されることが多いです。
相違点
【目的と適用の焦点】
・TGOは、計画段階での「目標設定」や「具体的な成果の定義」に役立ちます。
・TOREは、提供されたインタープリテーションの「評価」や「質の向上」に活用されます。
【構造の具体性】
・TGOは、テーマを具体的な目的や目標に落とし込む「設計図」の役割を果たします。
・TOREは、完成したプログラムが効果的かどうかを「体験視点」で見直すフレームワークです。
【来訪者の視点】
・TGOは、目標を来訪者に伝える「提供者の視点」が強いです。
・TOREは、来訪者がどのようにテーマを受け取るかを評価する「受け手の視点」が強いです。
5.まとめ
TGOとTOREは、それぞれインタープリテーションの異なる側面に焦点を当てたフレームワークであり、相互に補完的な関係にあります。TGOは計画段階で具体的な目標や成果を示し、方向性を定めます。これにより、受け手にどのような知識や意識の変化をもたらすかを計画的にデザインすることが可能になります。
一方、TOREは実施段階や評価の場面で活用され、来訪者がプログラムをどのように受け取り、どれほど効果的に体験したかを見極めるための枠組みを提供します。その各要素(テーマ性、構成性、関連性、楽しさ)は、来訪者の感情や興味に働きかけ、単なる情報提供を超えた記憶に残る体験を創り出す基準となります。
両者を適切に組み合わせることで、インタープリテーションの計画、実施、評価の各プロセスに一貫性を持たせることができます。例えば、TGOを活用して設定した目標をもとに、TOREの視点でプログラムの質を高めるといった応用が考えられます。こうした相乗効果により、訪問者へのテーマ伝達が明確かつ魅力的になり、体験の意義がより深まります。
両者は、インタープリテーションが意図的かつ効果的に「違い」を生み出すための方法論です。これらのフレームワークを理解し、柔軟に運用することで、現場の状況や受け手のニーズに応じたインタープリテーションを設計することができます。その結果として、教育的価値が高まり、来訪者が対象への理解を深め、保全や文化的価値の重要性を再認識するきっかけとなるでしょう。