アラン・チャドウィック講話『Bloom and Area of Discontinuity(ブルームと不連続領域)』

アラン・チャドウィックの講話『Bloom and Area of Discontinuity(ブルームと不連続領域)』(1975年9月12日、コベロ・ヴィレッジ・ガーデン、Stephen Crimi編『Reverence, Obedience and the Invisible in the Garden: Talks on the Biodynamic French Intensive System』に所収)の、まとめです。

チャドウィックは本講話「Bloom and Area of Discontinuity」において、果実や植物に見られる繊細な「ブルーム」と、内と外を分かつ「不連続領域」の重要性を説いています。これらは単なる生理的機能にとどまらず、自然界と人間、芸術、宇宙の霊的構造をつなぐ鍵として位置づけられます。ブルームは生命の呼吸や波動を担い、観察と感受によってのみ理解できる神秘の現象です。この視点は、ガーデナーとしての在り方や、自然との関係を根本から問い直す力を持っています。


1. ブルームとは何か

チャドウィックの語る「ブルーム(bloom)」とは、果実や葉、種子、花弁などの表面に存在するきわめて繊細な膜状の物質であり、生命体の外殻に形成される不可視の呼吸器官として理解される。物理的には、粉状の蝋質、油膜、煙のような微粒子、あるいは樹脂状の光沢層などとして現れ、外界からの刺激を受容しつつ、内部からのエネルギーや香気、湿度を放出する機能を担う。このブルームは触れるだけで失われることが多く、果実を収穫する際や植物を移植する際に細心の注意が求められる。特にブドウの例では、ブルームが失われると発酵が正常に進まず、果実の保存性も著しく損なわれることが知られている。ブルームは視覚的に確認できる場合もあるが、多くは不可視であり、その存在を感知するには触覚や温度感覚、光の反射の微細な変化への鋭敏な注意力が必要とされる。チャドウィックは、ブルームを単なる表面物質ではなく、植物が宇宙的リズム(revolutionibus)と交信するための受容体・反射体とみなしており、生命の精妙な振動と宇宙的エネルギーの中継点としての役割を果たすと説く。つまりブルームは、可視・不可視、生物・非生物の中間領域に位置づけられる特異な存在であり、生命の動的なプロセスと感覚的経験の媒介項として機能する。そのためブルームの感知と尊重は、単なる栽培技術を超えて、自然界との霊的な関係性を築くための根源的な態度を要請するものといえる。


2. 不連続領域(area of discontinuity)とは

チャドウィックの言う「不連続領域(area of discontinuity)」は、生命体と環境、あるいは一つの存在の内と外を隔てながら媒介する、きわめて重要な構造的・感覚的領域である。これは果実の皮、葉の表皮、種子の殻などに代表され、そこにはブルームが存在し、呼吸やエネルギーの交換、さらには情報や感情の流動までもが行われるとされる。不連続領域は物質的な膜であると同時に、エネルギーの出入り口であり、環境との応答的関係が集約される場である。たとえばトマトは、その皮という不連続領域が健全であるか否かによって保存期間が大きく左右される。皮に針のような小さな傷が入るだけで、果実全体が数時間で崩壊に向かうことは、まさにこの領域の働きを端的に示している。チャドウィックはこの概念を自然界にとどまらず、人間の生活や芸術にも拡張しており、絵画のフレーム、劇場の幕とプロセニアム・アーチ、部屋の扉や窓、さらには顔の化粧や衣服の質感にまで、意識化された「不連続領域」が存在すると指摘する。こうした構造は、存在の意味が成立するための枠組みとして働き、世界と自己の間に繊細な差異と接続の場を形成する。ブルームがこの領域に存在することで、内と外、可視と不可視、生命と環境が波動的に連関し、相互に共鳴するシステムが成立する。チャドウィックはこの不連続領域を通じて、園芸を単なる物質的生産活動ではなく、宇宙的秩序と個の生命をつなぐ儀式的実践として位置づけている。を持ち、生命の構造や芸術、社会制度に深く関わる。チャドウィックは、不連続領域がなければ自己も他者も成立せず、また観察や認識も不可能であるとする。この領域にブルームが存在することで、内外の関係が呼吸的・波動的に調整され、全体の秩序が保たれると説く。


3. 自然界と人間の霊的関係

チャドウィックは、植物や土壌、昆虫、動物、そして人間が発する「ブルーム」や「エマネーション(放射)」の性質が、相互の関係性に深く影響を与えていると説く。これは科学的な因果関係というよりも、感覚的・霊的な共鳴による関係性のあり方であり、いわば「波動的な倫理」ともいえる領域である。たとえば、ある人間の放つブルームが不協和なものであれば、鳥や蝶、蜂は近づかず、植物もまたその影響を受けて生育に影響を及ぼす。一方で、調和的なブルームは、自然界の諸存在に「受け入れられる」形で、触れ合いや共生を可能にする。園芸におけるこの視点は、作物の世話をする際の態度や意識が、植物の状態や育成過程に実際に反映されるという深い実感と結びついている。チャドウィックは、「思考をやめて、感覚を開くこと」の必要性を強調し、園芸家とは自然のリズムを感じ取り、自己の波動を調整しながら植物と交信する存在であるとする。ブルームの状態は、物質的な健康だけでなく、精神的・霊的な安定とも結びついており、これは人間の髪の艶や肌の輝きが心の状態に応じて変化するように、植物もまたそのブルームを通じて生命のバランスを表現している。こうした感受性の覚醒は、人間中心主義的な自然観からの脱却を促し、「自然の一部としての人間」という理解を深めるものである。ブルームを感知し、それに対して応答的に生きることは、チャドウィックにとって単なる園芸技術ではなく、自然との関係性を再構築するための霊的実践に他ならない。


4. 芸術とブルームの象徴性

ブルームと不連続領域の概念は、園芸や生態だけでなく、芸術表現と感覚美学の本質にまで及ぶ。チャドウィックは、絵画における「シルエット(輪郭)」を、不連続領域の一種と見なす。それは対象を空間から切り出す境界であり、視覚的な強調と同時に、制限でもある。写実的な描写や線画は、対象の「縁」を描くことに集中するが、色彩表現はその縁を溶かし、対象と背景、内と外の関係を曖昧にする。チャドウィックにとって、色とは惑星からのエネルギー(revolutionibus)であり、ブルームはそのエネルギーを受け止め、反射する膜として機能する。したがって、芸術表現とはブルームの探求であり、対象の内的なエマネーションを描き出す試みである。さらに、宗教画における光背(halo)は、神性や霊性を直接描くことが不可能な画家たちが採用した象徴であり、ブルームの芸術的表象にほかならない。神を描くことができないゆえに、絵画は眼差しを避け、代わりに放射する光の環を描くことで、「見ることのできないもの」の存在を示す。この構造は、園芸においてブルームの可視化に失敗しても、その存在を感覚で捉える必要があるという態度と深く通じ合っている。芸術はブルームの不可視性と霊的放射を模倣し、可視世界に表象として定着させる装置である。したがって、チャドウィックの言うブルームは、芸術と自然、感覚と知性の間を橋渡しするものであり、存在の深層を知覚するための鍵となる。


5. 植物、土壌、種のブルームと栄養

ブルームの存在は、果実や種子だけでなく、土壌や気候の変化とも密接に結びついている。チャドウィックは、果物の保存性や栄養価の保持がブルームに強く依存していることを示し、農業的にも極めて実践的な示唆を与えている。たとえば、ブドウやプラム、トマト、リンゴなどに見られる表皮のブルームは、外部からの湿度や微生物の侵入を防ぎ、内部の水分を保つことで長期保存を可能にする。また、ブルームが失われた果物は発酵せず、乾燥も不十分となる。柑橘類の種子を一晩水に浸しておくと、ブルーム由来のゼラチン状の物質が形成され、これをパンと共に食すことで栄養的効果が得られるとチャドウィックは述べる。ブルームは、表面の物質的現象でありながら、その内部には種子の活力を引き出す「鍵」が秘められており、これはシナジー的に活用することで新たな栄養の可能性が開かれる。また、土壌にもブルームが存在し、これは「大地の皮膚」として、気候や大気と連動しながら変化する。春と秋、夏と冬では土の性質がまったく異なり、それぞれのブルームの状態も変化している。こうした微細な変化を感じ取る感性こそが、真の農的知性であり、単なる施肥や耕作の技術では到達できない次元の知覚である。チャドウィックの論は、ブルームが自然界のエネルギーの可視的な現れであり、それを保持・活用することが、栄養、保存、健康、そして霊的感応力のすべてに関わっていることを示している。


6. ブルームと革命的宇宙観(revolutionibus)

チャドウィックのブルーム論は、天体の運行や気象の周期といった「革命的宇宙観(revolutionibus)」と密接に結びついている。彼によれば、生命は固定的な存在ではなく、惑星の位置や季節、時間帯によって変化する波動の中に生きており、ブルームはその波動のインターフェースである。たとえば、同じストロベリーでも、午後3時には甘く芳醇であるが、午後6時には味が失われるという現象は、果実の内部ではなく、ブルームと時間の関係に起因する。また、ミニョネットやニコチアナなどの夜に香る花は、昼間とは異なるブルームの状態にあることによって、夜間にエマネーションを放出する。このような現象は、「香り」や「味」が物質として存在するというよりも、波動や場の状態によって生じることを示唆するものである。さらに、空と海の接点に生まれるスプーム(泡)にブルームが宿るように、二つの要素の間に生じる不連続領域が、ブルームの生成の場となる。この観点からは、すべての生命現象が二項間の関係性の中に生起し、その境界面にブルームが生成されるという構造的理解が導かれる。また、ハヤブサが遠方の獲物を正確に視認する能力や、冬毛が白くなる動物の擬態的変化も、ブルームの調整と関連づけられる。ブルームは、宇宙的リズム、植物的感受、動物的反応、そして人間の霊的認識にまたがる、包括的な「界面の知」として、チャドウィックの宇宙観を根底から支えている。