土と魂の継承者―ジョン・ジーボンズとバイオインテンシブ農法の展開

アラン・チャドウィックの講話集『Performance in the Garden』の序文をジョン・ジーボンズ(John Jeavons)が書いている。ジーボンズは、1960年代末にカリフォルニア大学サンタクルーズ校で始まったアラン・チャドウィックのガーデンプロジェクトに出会い、その人生を大きく転換する。当時、彼は企業にて経営分析やシステム設計に関わる仕事に就いていたが、チャドウィックの実践する園芸に触れたことで、農業の根源的な意味と可能性に目を開かされたのである。

アラン・チャドウィックは、英国の園芸教育と舞台芸術の素養を背景に、自然と人間との関係を感性と儀礼によって再構築しようとした異才であった。彼の園芸は単なる生産技術ではなく、美と精神性を帯びた「生の芸術」そのものであった。ジーボンズはその影響を深く受け、現代の経済システムや農業の持続不可能性に対する懐疑を強め、1970年代初頭に企業の職を離れて、持続可能な小規模農業の研究と実践に身を投じることになる。

1972年、彼はカリフォルニア州ウィラッツに国際的非営利団体「エコロジー・アクション(Ecology Action)」を設立し、自らの手で新たな農法の体系化に着手した。それが、今日「GROW BIOINTENSIVE®(グロウ・バイオインテンシブ)」として知られる農法である。このアプローチは、土を耕し、種をまき、収穫するという基本的な農の行為に対して、倫理的・生態的な洞察を統合し、より少ない資源で最大限の成果を得る持続可能な方法を追求したものである。

バイオインテンシブ農法の中核には、以下の七原則がある。第一に、ダブルディギング(二重掘り)による深耕で土壌構造を改善すること。第二に、密植によって雑草を抑え、水分保持と生産性を高めること。第三に、コンパニオンプランティングによる相互補完的な作物配置。第四に、輪作の実践。第五に、在来種の保存と活用。第六に、堆肥化による土壌の有機物循環。そして第七に、食糧と堆肥の生産バランスを考慮した栽培計画の構築である。

これらの原則は単独ではなく、相互に補完し合う有機的システムとして構築されており、1,000平方メートルにも満たない小さな面積でも、家族単位の食料と種子、そして土壌の再生を両立させることが可能である。ジーボンズが提示する成果は驚異的である。従来農法と比較して、水の使用量を最大88%削減しながら、同等あるいはそれ以上の収量を得ることができ、しかも化学肥料を一切使用せずに、土壌の腐植質を自然の60倍の速さで再生できるという。

その成果は単なる理論ではなく、実践によって裏付けられている。アフリカ、アジア、中南米など環境条件の厳しい地域でも導入が進められており、たとえばケニアでは250万人、メキシコでは200万人以上がこの農法を通じて食料と土壌の自立を果たしている。現在、ジーボンズの手法は世界143カ国に普及しており、気候や土壌の違いを超えて実践されている。

ジーボンズの思想の核心には、「土を育てることが人間を育てる」という倫理がある。農とは単なる栄養供給の手段ではなく、人間と自然、身体と精神、個と共同体をつなぐ根源的な営みであると彼は考える。そのため、彼の著書やワークショップでは農法の技術的側面だけでなく、「暮らし」「地域」「教育」との接続が常に意識されている。代表的著書である『How to Grow More Vegetables』は、英語をはじめ8カ国語と点字で出版され、世界中で60万部以上が発行されている。単なる技術書ではなく、土と人との共生を指し示す実践的思想書として、多くの読者に支持されてきた。

ジーボンズはイェール大学で政治学を学び、アメリカ国際開発庁(USAID)やスタンフォード大学で勤務した後に農業教育の道へ転じた。その背景には、分析的思考と実証的なアプローチが根づいており、彼の農法体系は感性だけでなく科学的根拠と現場のフィードバックによって磨かれてきた。

また、彼の活動は北カリフォルニアという地域文化とも深く結びついている。この地域は1960年代以降、カウンターカルチャー、オーガニック運動、スローフード、エコロジー思想など多様な価値観が交錯し、農と食の革新が進められた場である。ジーボンズは「シェ・パニース」のアリス・ウォーターズとも親交があり、彼女はジーボンズの著書『How to Grow More Vegetables』に序文を寄せている。ジーボンズの農法は「食卓につながる農業」として、まさにこの地域の文化的文脈の中で深化してきた。

アラン・チャドウィックの死後、ジーボンズは「彼の魂は多くの人々とプロジェクトの中に今も息づいている」と語っている。その言葉どおり、彼の活動はチャドウィックの精神的遺産を実用的かつ世界的な運動へと発展させるものとなった。2000年代以降、ジーボンズは世界各地でワークショップや指導を行っており、ケニア、メキシコ、南アフリカ、カナダ、フランス、ドミニカ共和国など、さまざまな国で小規模農業者への教育を行っている。今後の展望として、彼が重視しているのは「地域に根ざしたトレーニングセンター」のネットワーク形成である。ローカルで文化的背景に即した学びの場を世界中に増やしていくことが、彼の次なる目標である。

飢餓、気候変動、土壌劣化、農の喪失が同時進行するこの時代において、ジョン・ジーボンズの思想と実践は、今まさに再評価されるべき知の結晶である。彼が撒いた種は、地中深く根を張りながら、未来の可能性として静かに芽吹きつつある。