
「The Proscenium Arch by Stephen Crimi」は、アラン・チャドウィックの講義集「Reverence, Obedience and the Invisible in the Garden: Talks on the Biodynamic French Intensive System」の編者による解説です。
本セクション「The Proscenium Arch」は、アラン・チャドウィックの講話集『Reverence, Obedience and the Invisible in the Garden』を読み解くための“舞台の幕前”として読者を導く序文的エッセイであり、編者スティーブン・クリミがその思想世界への入り口を提示するものである。
冒頭では、ヘルメス文書の一節を引用し、真の霊的伝達とは話者と聞き手の魂の一致を要すると説く。チャドウィックの講義も、単なる言語理解では到達できない「イデー(idée)」の直観的な受容を必要とし、それには心身の沈黙と全的な感受性が求められる。彼の言葉はしばしば難解で古風な表現に満ちているが、それは理性の過信を避けるための詩的戦略であり、聴き手の内的覚醒を促すための手段でもある。
本書は、いわゆる園芸技術書の範疇を超えている。ジャガイモの植え方や堆肥の作り方なども含まれるが、それ以上に「見えないものを見るための態度」「自然に対する畏敬と服従」「イデーを媒介として可視化される天使的存在の働き」に重きが置かれている。著者は「ガーデンとは目に見えないものが形となって現れる場所であり、それに向き合うには魂の視座が必要である」と述べる。
この視点を補助するため、チャドウィック特有の語彙(Chadwickipedia)が用意されている。たとえば、「Ahrimanic and Luciferic」はルドルフ・シュタイナー由来の二元的霊性運動を指し、「Idée」はプラトン的理念としての霊的閃光、「Présentement」は根と茎の境界であり宇宙的エネルギーの流入点を意味する造語である。また、ガーデンにおける四大天使の季節的交替や、想像界(mundus imaginalis)における人間と植物の対話などが示され、宇宙論的・霊的視点から園芸が再構築されている。
チャドウィックはシュタイナーの「バイオダイナミック農法」に深い影響を受けたが、晩年は独自の方法論を確立しており、既存の調剤(プレパレーション)に依存することなく、より根源的で創造的な「宇宙との共同作業」としての園芸を実践した。それは固定された教義ではなく、絶えず流動する自然のリズムに同調する柔軟な感受性の実践である。
最後に、チャドウィックの略歴が紹介される。イギリスの貴族階級に生まれ、シュタイナーに師事した後、演劇と園芸の両方に生涯を捧げた。第二次大戦の惨禍を経て南アフリカ、バハマ、アメリカへと渡り、1967年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校で象徴的なガーデンプロジェクトを開始。その後もグリーンガルチ、コヴェロ、ヴァージニアで数々の庭を創り上げ、1980年に生涯を終えた。
クリミは読者にこう語りかける。「この書は一読して理解するものではなく、沈黙と敬意のうちに魂で読むものである」と。そして、理性を脇に置いて幕が開くその瞬間、「プロセニアム・アーチ」をくぐり抜け、ガーデンという魂の舞台へと一歩踏み出すよう促す。
チャドウィック語彙集(Chadwickipedia)
◆ Ahrimanic and Luciferic(アーリマン的/ルシファー的)
出典:ルドルフ・シュタイナー、ゾロアスター教
意味:
- Ahrimanic:物質へ沈降する霊的傾向、重力的、硬直的、暗黒的。根の成長や物質化に関連。
- Luciferic:上昇的・軽やか・光の方向。過剰になると空想的・抽象的になりがち。芽や茎の成長などに対応。 チャドウィックの使い方:
- 園芸における根と茎の成長に対応させ、バランスの必要性を説く。
- 現代世界はAhrimanicに偏っており、それに対抗するLucifericな志向も時に過剰となる。
◆ Archangels(大天使)
出典:キリスト教神秘思想
意味:
- 季節を司る霊的存在。宇宙的秩序と園芸のあらゆるプロセスの背後にある存在。 四大天使と季節:
- ラファエル(春):上昇する生気。
- ウリエル(夏):光と繁茂。
- ミカエル(秋):収穫と刈り取り、鉄の剣。
- ガブリエル(冬):沈静と内省。 特記事項:第五の天使として“Dove(鳩)”を暗示することもある。これは至高の霊的源泉。
◆ Clairvoyer(クレルヴォワイエ)
出典:フランス語 clairvoyeur(明視者)、造園用語
意味:
- 形式上は“視線の通る庭の軸線”を意味するが、ここでは「視覚の向こう側に見通す力」として用いられる。 チャドウィックの意図:
- 可視の風景を超えた「霊的・イメージ的な」透視力の象徴。
◆ Conservatoire(コンセルヴァトワール)
出典:フランス語 conservatory(温室)
意味:
- フレンチ・インテンシブ農法における温室的配置。六角形配置による微気候の形成。 チャドウィックの使い方:
- 自然の自己完結的な調和と保護された生態系を示す。
◆ Divertissement(ディヴェルティスマン)
出典:フランス語「気晴らし」、バロック音楽・演劇用語
意味:
- 起源からの逸脱、エネルギーの散逸。特に植物の品種改良や過剰な繁殖による活力の喪失。 チャドウィックの使い方:
- 園芸・生命における「原初からの距離」がもたらす劣化を批判。
◆ Equinoxes(春分・秋分)
出典:天文学、自然のリズム
意味:
- 昼と夜が等しくなる転換点。チャドウィックは時間・空間の象徴として使用。 比喩的構造:
- 正午=夏、真夜中=冬、日の出=春、日没=秋。地球と宇宙の関係性に重ねる。
◆ Idée(イデー)
出典:プラトン哲学、ゲーテの自然学
意味:
- 言語化以前の霊的直観・根源的ビジョン。形に先立つ理念。 チャドウィックの使い方:
- 庭を創造する霊的火花であり、芸術や自然の根底にある不可視の設計図。
◆ Image(イメージ)
出典:ヘンリー・コルバンの「想像界(mundus imaginalis)」
意味:
- Idée と重なる意味を持つ。人間の魂が自然と交信するための媒体。 チャドウィックの意図:
- 人間と植物が協働する対話空間。霊性と感覚の交差点。
◆ Participle(パーティシプル)
出典:文法用語(分詞)だが、チャドウィックは異なる意味で使用
意味:
- 「参加者」「共に関わる存在」として使用。参与的・共鳴的存在者。 意図:
- 植物も人も、宇宙の舞台における共演者(participant)であるという視点。
◆ Présentement(プレザントモン)
出典:フランス語「今、現在」
意味:
- 根と茎の間の境界領域。コスモスと植物が接する「霊的な出入口」。 チャドウィックのこだわり:
- 苗を植える際に最も慎重に扱うべき場所であり、そこに「宇宙的運動(revolutionibus)」が流れ込む。
◆ Revolutionibus, Prima Mobile, Secundus Mobile(レヴォルーティオニブス)
出典:中世天文学、コペルニクス
意味:
- Revolutionibus:天体の絶え間ない運行
- Prima Mobile:恒星天(最外周)
- Secundus Mobile:惑星天(内側) チャドウィックの主張:
- 園芸はこれら宇宙の運行と連動して行われるべきである。地上の栽培は天界とつながっている。
◆ Totem, Totemism(トーテム、トーテミズム)
出典:人類学的宗教概念
意味:
- 自我を超えた霊的共同性。「全体への参与」「種の魂との合一」。 引用文献:モーリス・マーテルリンク『蟻の生活』に登場する“利他的な幸福”と不可分な生の様式を例に挙げる。 チャドウィックの主張:
- 自然に奉仕することで得られる霊的幸福の境地。エゴを超えた生。
◆ Wordism(ワーディズム)
出典:造語
意味:
- 「言葉を知っていることが理解である」という誤解への批判。定義主義、言語依存の知性への警鐘。 関連語:verbosity(言葉の多用) 意図:
- 本質を掴むには、沈黙と感受性が必要であるという霊的認識の促進。
◆ Capitalization(大文字化)
意味:
- Sun, Nature, Cosmosなどを大文字で表記するのは、それが「霊的に経験される現実」であるから。 チャドウィックの意図:
- 単なる自然物ではなく「人格的・神聖な存在」として自然と向き合うべきという態度。