サンタクルーズに根づく「命の農園」─Homeless Garden Project訪問(2019.3.1)

(2018-19のUCサンタクルーズ在外研究時期の塩漬け解凍記事です)

はじめに

サンタクルーズの西端、ナチュラルブリッジ州立公園近くに、オーガニック農場「Homeless Garden Project(以下HGP)」が広がる。畑の畝を渡る潮の香り、土を耕すシャベルの音、そして再起を誓う人びとの笑顔が重なり合い、この場所は単なる農地ではなく“人生を育て直す温床”となっている。
ここのボランティアであり、友人でロスガトス在住の飯嶋有輝子さんにアレンジしていただいて、立教大学ESD研究所の阿部治さん、川嶋直さんとともに訪問させていただいた。(2019.3.1)

HGPの創設を導いたのは、UCSC(カリフォルニア大学サンタクルーズ校)の哲学の教員だったポール・リーである。彼は1967年、アラン・チャドウィックを大学に招き、キャンパスに本格的オーガニックガーデンを開いた人物だ。チャドウィックの「生命力と美が共鳴する庭づくり」の思想に深く感銘したリーは、その後1989年にHGPを立ち上げ、「土に触れることこそ、人間回復のもっとも原初的なセラピーだ」と説いた。

1960年代末、UCSCの新設キャンパスには理想主義と実験精神が渦巻いていた。リーは「学問は土に根ざすべきだ」と考え、学生によるガーデンプロジェクトの指導者としてアラン・チャドウィックを招いた。深く掘り返したベッドに密植し、コンポストで土壌を豊かにするチャドウィックの農法は、収量と美観を両立させる“園芸芸術”であった。

学生たちは鍬を握り、同時に哲学や芸術を語り合った。リーはその体験を胸に、80年代末のサンタクルーズで深刻化していたホームレス問題に向き合い、「農園こそがコミュニティ再生の舞台だ」と確信した。こうしてHGPは1989年に設立され、1990年から実質的な作付けと就労支援が始まった。この土地は開発会社スウェンソン家が所有する10エーカー弱の土地であり、彼らはHGPに月1ドルでリースしている。

案内役として出迎えてくれたのは、ボランティアコーディネーターのジャスティン・ライトさん。大学院を修了し国際環境政策の修士号を持つが、実は彼自身もこのプロジェクトの元・参加者である。精神的な不調を抱え、ホームレスの経験もあるという。そんな彼が、力強く、穏やかな笑顔で語ってくれた言葉には、説得力があった。


就労支援プログラム──「耕すこと」は「生きること」

HGPの中核は最大1年間のトレーニー(研修生)プログラムである。定員はおよそ20名、“卒業”と新規参加が入れ替わるため、年間延べ50〜70名が関わる。参加条件は明快だ。「フルタイムの仕事と定住を本気で目指す意思があること」。路上生活者、車上生活者、回復施設入居者、刑務所出所者など、多彩な背景を持つ人びとが門を叩く。

一日の流れ

  • 9:00 サークルタイム――感謝や近況を語り合い、自己肯定感を耕す。
  • 10:00 農作業ブロック①――畝づくり、播種、草取り、収穫など。
  • 12:00 みんなで調理・昼食――畑の野菜でライス&ビーンズとサラダを作る。
  • 13:00 農作業ブロック②――接客・CSA準備・温室管理など“職能別ポスト”に従事。
  • 14:00 解散。週4日勤務、最低賃金(時給12ドル)を支給。

火曜:サークル、水曜:農業デモ、木曜:地域講師による生活講座(金銭管理・ヨガ・栄養学等)、金曜:リアルトークという「四つの学び」が、心身を段階的に整える。農場で土にまみれ、キッチンで包丁を握り、レジで顧客対応を学ぶ─そのすべてが社会復帰に直結する訓練である。


土壌と生態系──フレンチ・バイオインテンシブ農法の現在形

畑の土は“サンディ・ローム”と呼ばれる砂質壌土である。排水性に優れつつ適度な保水力があり、イチゴやトマトには理想的だ。作付けしない区画にはベッチやソラマメのカバークロップを撒き、開花直前にすき込むことで窒素を補給し、土中炭素を固定する。チャドウィックが重視した「土壌は生命の胎盤」という哲学が息づいている。

畝は60 cm幅、深さ60 cmを二重掘りし、根が垂直に伸びえるふかふかの層を作る。密植による葉陰が雑草抑制と蒸散低減をもたらし、結果として潅水量を最小限に抑える。「小規模で高収量、しかも美しい」。それが半世紀を経た今もHGPの作業指針である。


イチゴ王国の秘密──品種選びと“土地が育てる味”

HGPの「You-pick(セルフ収穫)」売上の約8割を占めるのがイチゴである。品種はアルビアンサンアンドレアススウィートの三本柱。モントレーベイ沿岸は昼夜の寒暖差と海霧のおかげで糖度が上がりやすく、粘り気の少ないサンディ・ロームが根張りを助ける。輪作計画では、イチゴ→トマト→葉物→カバークロップと3〜4年サイクルで畝を移し替え、土壌病害と連作障害を防ぐ。毎週水曜の農業デモでは「なぜ輪作が必要か」「各作物が奪う・与える養分は何か」を座学と実地で学ぶ。


キッチンと食卓──“食べること”の再学習

農園に電気はない。保存はドライストレージと日陰冷蔵のみ。火はプロパン、調理道具はシンプルだ。火曜・水曜・木曜・金曜には常連ボランティアが訪れ、トレーニーと一対一で調理を行う。昼食はライス&ビーンズ、季節の炒め物、フレッシュサラダが基本。全員が列に並び、配膳を受け、円卓で笑い合う。その光景は、家族のようだ。料理スキルは就職先として人気の高い飲食業への足がかりにもなる。

収穫が落ち着く11〜2月、トレーニーはダウンタウンのワークショップへ移り、乾燥ハーブや蜜蝋を使った石けん、ローション、バスソルト、さらには焼き菓子を製造する。ラベルデザイン、原価計算、マーケティングまで学ぶ仕組みがあり、「畑から製品、そして顧客へ」というフードシステムの全循環を体験できる。これがオフシーズンの雇用を創出し、年間収益の約25%を支える。


おわりに──土が編み直す人生のストーリー

年間延べ数千人のボランティアがHGPを支える。企業研修、大学ゼミ、家族連れ、小学生の校外学習まで層は厚い。ボランティアが畑で汗を流し、トレーニーは「自分たちは社会から見放されていない」と感じる。畑と街が“見えない根”でつながる瞬間である。(写真右:ホームスクーリングのグループの子どもたちがHGPを訪問)

HGPを歩くと、チャドウィックの「庭は人間性を蘇らせる劇場」という言葉が蘇る。ポール・リーはその思想をホームレス支援に転化し、「耕す」ことに“生き直す”力を見い出した。ここでは土塊が教科書であり、畑が教室であり、昼食が卒業証書である。日本でも、都市緑地の活用や就労支援農園が注目されつつある。HGPの実践は、社会包摂と環境再生を同時に達成するヒントを与えてくれる。

サンタクルーズのダウンタウンにあるHomeless Garden Projectの店舗

加工品の販売のほか、CSAやボランティア募集の拠点にもなっている