アメリカ、カリフォルニア州にあるヨセミテ国立公園は、東京都の1.5倍もの広大な面積のなかに、氷河が削り取った大渓谷、巨樹ジャイアント・セコイアの森、高原地帯など多様な環境をもち、アメリカ自然保護の父とも 呼ばれるジョン・ミューアが滞在し活動していたことから、アメリカの自然保護のふるさととも言える聖地であり、世界遺産にも指定されている。
「ヨセミテへ行ってみたい。」そんな気持ちになったのは、日本環境教育フォーラム/清里ミーティング'94で河合佳代子さん(元キープ協会環境教育事業部レンジャー)の話を聞いたのがきっかけだった。彼女はその年の 春から夏にかけて3ヶ月間、ヨセミテで国立公園レンジャーとして働いた経験をスライドをまじえながら興味深く紹介してくれたのである。 当時、ちょうどある旅行会社から「海外自然体験ツアーを企画しませんか。」との申し入れもあり、「そりゃ、ヨセミテに行くしかない。」とさっそく彼女を巻き込んでツアーを企画することにした。 とはいえ、佳代ちゃんは新潟、私は京都ということで、二度会って打合せができた他は、ファックス、電子メール、電話のやりとりで企画をつめた。
佳代ちゃんの紹介でアメリカにリソースを得られたのも幸いした。キミ・コダニ・ヒルはバークレー在住の日系3世の女性。彼女は幼少のころから家族とともにヨセミテに出かけ、キャンプやトレッキングを楽しんできた。 彼女の祖父チウラ・オバタは今世紀はじめ若くして渡米した日本画家で、スクールボーイや日系新聞の挿絵画家として働いた後、ヨセミテへのスケッチ旅行で描いた絵が認められ、のちにUCバークレーの美術の教授になった人物である。つまり彼女のファミリーは戦前から3世代にわたって(彼女の甥までいれると4世代)ヨセミテと縁が深い一家なのだ。
いろんな方面に呼びかけて人数的にもなんとか集まり、1995年9月「ヨセミテ国立公園の大自然に触れる旅」第1回ツアーが関西空港から出発。サンフランシスコでキミとも合流して、一路バスでヨセミテに向かった。 マーセド川の渓谷がしだいに険しくなり、巨岩が現れるたびに車中からどよめきの声が上がる。国立公園ゲートには佳代ちゃんの同僚だったレンジャーがいて、感激の再会シーンも。 ゲートを越え、いよいよバスは渓谷内に入る。1000mを越える高さの一枚岩エル・キャピタン、ブライダルベールフォール(花嫁のベール滝)、落差700mのヨセミテ滝、そしてハーフドームが車窓から見えると車内の興奮は 最高潮に。「4日間もいるんやから、そんなに焦って写真をとらんでもエエんとちゃう?」でもそれが悲しい習性。
夕方には宿泊先のヨセミテロッジから、佳代ちゃんのとっておきのポイントへ皆で散歩。ここは夕陽に染まるハーフドームが草原越しに眺められるところ。何もせず座り込んで、刻一刻と暮れていく空と、輝くハーフドーム にうっとりとする時間は最高にリッチなひとときだった。
キミは19のときにジョン・ミューア・トレイル(ヨセミテからシェラネバダの山中を340Km、セコイア&キングスキャニオン国立公園まで続く原生自然歩道。バックパックを背負って一ヶ月近くかけて歩く。)を踏破したと いう健脚の持ち主。キミがガイドしてくれたポイントからのハイシェラの眺めは、白く輝く山々、森、青々とした水をたたえた池があるすばらしいものだった。
翌年2回目のツアーでは、思いがけず一人でハーフドームに登ることになった。「思いがけず」というのは、最初ミストトレイル(滝の飛沫で霧がよく発生することからこの名がついた。)でヴァーナルとネバダの二つの滝をめぐり、滝の上で昼寝でもしようと思って、早朝にひとりで出発したのである。グループだとペースの違いから、かえって無駄な体力・時間を消費するような気がして、ツアー同行者を誰も誘わないで一人で出かけたのである。
同じバスを降りて、歩き出した連中(話してみないと国籍はわからない)と喋ってみるとほとんど皆ハーフドームに登ると言う。ペース的にも連中とそう変わらないし、ネバダ滝で飲料水の量を見極めて、「行ける」と判断 しハーフドームを目指すことにした。
暑いし、息は上がるし何度も休憩する。何人かが「お先に」と抜いていく。休憩を終えてしばらく登ると、さっき私を抜かしていった人たちが休んでいる。にっこりと笑って抜かしていく。こんなふうにお互いを認め合っていく。次には同じところで一緒に休憩することになった。「どこから来たの?」短パンで元気のいい女性はドイツの人。ちょっとインテリ風の男性はベルギー人。サンフランシスコ発の1ヶ月キャンピングツアーに参加している人たちだった。このグループの東洋人(国籍不明)の人とお互いカタコトの英語で喋っていたら、だいぶたってからお互い日本人と判り苦笑した。
しばらく登ると今度は、ピチピチのティーンエイジャーの女の子のグループと抜きつ抜かれつの関係になった。先生らしい人が数人いてあれこれ指示をしていることから、学校のグループだなとわかる。そのなかでもいかにも頼もしそうな女性教師と話してみると、Yosemite Institute(ヨセミテ自然学校=学校団体を宿泊型で環境教育体験学習をさせるNPO)のインストラクターだった。途中に一泊キャンプ体験ののち、ハーフドームまで登るという 、日本のコギャルどもには想像もつかないプログラムだ。
おもしろい法則を発見した。「ヨセミテではトレイルの高度を上げるほど、美人に出会う確率が高くなる。」信じる人も信じない人も登って確かめてみてほしい。
ハーフドーム登頂のハイライトは、最後のロッククライム。梯子がつけてあるものの、斜度はおそらく50度近くあるところを数百メートル登る。同じ梯子を上から降りてくる人とも行き違う。上から人間が降ってきたら避けようもない。久しぶりに味わう「ケツの穴も しぼむ」体験。
さて頂上では、途中一緒だったいろんな国々の人たちとも再会し、お互いの健闘をたたえあう。壮大なヨセミテ渓谷を上から見下ろして、ここはナショナル・パークを超えた「インターナショナル・パーク」なんだなと実感した。