text by 河合佳代子 Kayoko Kawai
ヨセミテ国立公園は、米国カリフォルニア州にある全米でも最も人気のある国立公園の1つだ。
私はこのヨセミテ国立公園に11週間(1994年6月〜8月)インタープリテーション部の実習生として滞在し、レンジャーの人達の中で働く経験を持つことができた。
今回は実習生の立場から見たインタープリテーション・レンジャー(後はレンジャーと記す)の現場の様子の一部を報告する。
●レンジャーが大切にしているプログラム--公園ビジターの平均滞在時間は4.2時間!
ヨセミテ国立公園では入り口で「ヨセミテ ガイド」という公園案内の新聞を配っている。その中には「ビジターアクティビティー」のコーナーがあり、レンジャーがヨセミテ訪問者を対象に行っているプログラムの一覧が記載されている。しかしレンジャーが一番好きで、公園当局が最も重要視しているプログラムはがあるのだ。それは「ロビイング」、日本語に訳すと、うろうろと歩き回る(巡回)時間である。ロビイングの時間、レンジャーは、観光客の憧れの的である制服に身を包み、幅広のレンジャーハットをかぶり、バッグには無線、救急用具等の他にみんなが興味を持つようなちよっとした小物を持って出かける。行き先は人が多く集まる名所の滝や景勝地だ。
ヨセミテを訪れる年間約400万人のビジターの平均滞在時間は4.2時間(1993年夏)である。ほとんどの人はレンジャーのプログラムを体験する時間もなく通りすぎていっていまうのが実情だ。この状況の中でどうやってこのビジターと接するチャンスを作るか、が大変重要な問題である。
短い滞在時間の人々にヨセミテの素晴しい自然、歴史を知ってもらうと同時に現在ヨセミテで起こっている野性生物との人の問題、森林火災の状況、そして人間をも含めた[エコ・システム]についてを語る。これがレンジャーの仕事である。
●レンジャーのバックグランドはいろいろ
私が大変興味があったことの1つは「どういう人がレンジャーとして働いているのか」ということである。結果として感じたのは、女性が多い、白人が多い、そして学校での専攻も経歴も多種多様な人達ということだった。ここで数多いレンジャーの内3名を紹介する。
ジュリア
彼女はアメリカ先住民の血をひき20年程前まではこのヨセミテで家族共に生活をしていたというおばあさんだ。彼女のインタープリテーションはまさに彼女の人生そのもの。彼女の持つ生活文化を実際の作業を通して教えてくれる。ドングリを砕き、粉にして主食にしていたヨセミテの先住民のその作業を実際に行いながら彼女は野外展示を見て歩く人々に語かける。「私は手にハンドクリームはつけないわ。だってクリームの匂いが粉についてしまうもの。ほらドングリにはこんなに油分があるの。だからわたしの手は見て、スベスベよ。」
ジェフ
彼の視力は健常者の3%、先天的な弱視である。彼はビジターセンターにあるすべてのもの、ヨセミテにあるもの場所を暗記している。彼は夜のプログラムではスライドは使えない。彼自身スライドをみることができないからだ。彼は視聴覚器材を使うことなしに2時間、彼の豊富な経験、知識そしてウイットのきいた語りで人々を魅了しまう。天才である。
マーガレット
彼女は夏期だけの季節レンジャーだ。夏以外は彼女は本業のであるオーケストラの楽団員として活動している。彼女のプログラムにたくさんの説明はない。ただ彼女流の自然の見方を語り、後は彼女のフルートの演奏と詩の朗読そしてヨセミテの風景を眺めて歩く。彼女と心安らぐ美しい時間を過ごす、それが彼女のプログラムのなのである。
レンジャーになるための規約はない。しいていえば「自然に感動できそれを伝えていきたいと思う人」で「運が良い人」がレンジャーになれるのではないだろうか。
●これからの広がり
私が今回実習生として滞在できたのは前職場のキープ協会そしてヨセミテ・アソシエーションの会長スティーブン・メドレー氏にご協力いただいたおかげである。
このつながりが私だけで終わることの無いようにしていかなければならないと思う。そのために日本環境教育フォーラムなどが窓口になって実習生を希望する人を送り出していくことはできないだろうか。またこのような実習生の制度は、レンジャーを目指す若者にとって職業選択の意味でも大変有効である。現在日本各地にある環境教育の施設で実習生を受け入れていけるようになれば日本の環境教育の人材育成システムも広がって行くように感じている。